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東京地方裁判所 昭和47年(刑わ)48号 判決 1976年5月07日

被告人 森洋子 外四名

主文

被告人森洋子、同田渕恒久を各懲役一年に、

被告人高橋靖彦を懲役一〇月に処する。

被告人森洋子に対し、未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

但し、この裁判の確定した日から二年間、いずれも右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人宮本秀信、同中野教夫、同仁王勝雄、同葛岡孝雄、同平野三男、同田之畑知治、同橋口征雄、同植竹勝夫、同奈良修二、同山本眞雄、同武井定光、同宮野豊、同宗末一則、同小松宗夫、同吉田金司、同飯田角市に支給した分はその五分の一ずつを被告人森洋子、同田渕恒久、同高橋靖彦の負担とする。

被告人秋田和慶、同妹尾喜和は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人森、同高橋、同田渕は、いずれもプロレタリア学生同盟(以下、プロ学同という。)に所属しないしはその主張に共鳴する者であるところ、昭和四六年一一月一四日、東京都千代田区紀尾井町所在清水谷公園において開催される「七二年沖繩返還粉砕、自衛隊派兵阻止、協定批准阻止中央総決起集会」後の集団示威運動に参加したプロ学同系の学生、労働者が、午後五時三〇分ころ、同区日比谷公園に至るのに呼応して、これに別途運搬した火炎びんを結合させ、有楽町周辺を警備中の警察官の身体もしくは付近の警察施設に共同して害を加えようという同派の企図のもとに、右被告人三名は、同日午後五時二〇分ころ、同区有楽町二丁目九番地喫茶店「田園」内において、前記のとおり警備中の警察官の身体に対し、同派の戦闘部隊と共同して危害を加える目的をもつて、被告人森において二本、同高橋において三本、同田渕において六本の合計一一本の火炎びんを所持して集合し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合したものである。

(証拠の標目)(略)

(事実認定の補足説明と被告人秋田、同妹尾の無罪理由)

一  被告人らの火炎びん所持の認識

前掲証拠並びに証人簀戸国勝(第九回公判)、同宮前貞夫(第一一回公判)の各証言及び被告人秋田、同妹尾に関する各現行犯人逮捕手続書によれば、前示認定のとおり、昭和四六年一一月一四日午後五時二〇分ころ、喫茶店「田園」において、被告人森が二本、同田渕が六本、同高橋が三本の火炎びんをそれぞれ所持していたほか、同日午後五時四〇分ころから午後五時五〇分ころまでの間、東京都千代田区有楽町二丁目七番地喫茶店「プリンス」において、被告人秋田が三本の火炎びんを所持し、同日午後五時五二分ころ、前同番地喫茶店「ルミエール」先路上において、被告人妹尾が三本の火炎びんを所持していたことが認められる。しかして、右火炎びんがいずれも新聞紙にくるみ、厚手の紙箱に入れられ、更に包装紙で包装されていたこと、また火炎びんであると知らされていなかつたことから、弁護人は、被告人らは右包装箱内に火炎びんが入つていることを知らなかつた旨主張する。

そこで、まず被告人高橋が本件火炎びんを喫茶店「田園」内で所持するに至つた経緯について、同被告人の昭和四六年一二月三日付、同月五日付司法警察員及び同月二日付検察官に対する各供述調書その他の関係証拠によれば、次のような事実が認められる。

被告人高橋は、昭和四六年一一月一二日上京した際、プロ学同の活動家山内仁という男から同月一四日沖繩返還粉砕闘争のときにある物を運んでもらいたいと頼まれ、同夜は山内の指示を受けた二名のプロ学同の者と一緒に友人の家に宿泊し、更に翌一三日午後二時霞が関ビル脇の日通会館四階中会議室に集合するようにとの電話による指示があり、同日前同所にある全日通労働会館四階中会議室に被告人高橋、同被告人と一緒に泊まつた二人の男及び被告人秋田、同妹尾を含む一四、五人が集まつた。その席上プロ学同指導部の一員である北春已こと五十嵐裕幸は「中核が渋谷で暴動を起こす。我々は人民大衆の武装勢力を結合し、一一・一四沖繩粉砕の最初の突破口として死力を尽くして目的を貫徹する。その貫徹のために、権力が渋谷で戒厳令をしいている一一・一四の高原闘争は権力の防衛の弱い所を突いて攻撃をかける。この戦いにはあらゆるものを武器として使うが爆弾は力量的に使えない。戦闘部隊の解散地は日比谷公園でそのあと我々と結合することになつている。しかしその結合までには機動隊が絶えず妨害に出てくるだろうから、その壁を突き抜けて結合しなければならない。結合した後、我々が過去に使つた最高の武器をもつて人民大衆とともに武装闘争を行なう。現在その戦闘場所はまだ設定されていない。我々はこの武装闘争のための特別の任務につくのだが、各自の具体的任務についてはあとで各自に指示を出すので、そのとおりに行動してもらいたい。明日の服装はできるだけ普通の服装をしてもらいたい」などと発言し、更に同人は被告人高橋に対して「明日君には指示をする。連絡が行くまで待機しろ」と告げた。同日夜九時ころ、前記山内から「明日荷物を渡す、それは水鳥の置物とケーキとしておく。明日午前一一時ころ新宿駅八番線ホーム池袋よりの端に来てくれ、そこで渡す。その荷物を午後五時ころ有楽町の朝日新聞と日劇の間を入つた所にある喫茶店『田園』に届けてくれ、そこで山川という女に渡せ。その後は山川の指示を受けろ」と電話による指示があつて、被告人高橋はその指示に従つて行動し、前記のとおり「田園」に赴いた。

以上の経緯、所持していた包装物の形状、重量、当時いわゆる過激派が火炎びん闘争を行なつており、プロ学同においても火炎びん闘争を肯定していたことなどの諸事情を総合すれば、被告人高橋が包装物の中身は火炎びんであると考えていたとの前記供述調書中の記載は十分措信できるものであり、被告人妹尾も当公判廷において、自己の所持する包装物の中身は火炎びんであろうと考えてはいたが、確認したことはない旨供述している。また各被告人の所持していた火炎びんの製造方法、その隠匿・運搬方法の同一性等の事実からも、本件が同一組織による計画的なもので、被告人らが各自同様の指示を受けて本件「田園」ないしその付近に来ていたことを認めるに足りる。結局以上の各事実を総合すると、被告人高橋はもちろんのこと、他の被告人らにおいても各包装物の中身が火炎びんであることを認識していたものと推認できる。

二  被告人らの共同加害目的と集合の有無

1  被告人森、同田渕、同高橋の場合

一一月一四日午後五時二〇分ころ、前記喫茶店「田園」内の入口に近い客席に被告人森、同田渕が向かい合つて着席し、その奥隣りの客席に被告人高橋が着席し、被告人森と同田渕がかねてからの知り合いであつたことは被告人らも認めるところであり、被告人田渕は当公判廷において、被告人高橋が入口から奥の方に坐つていたことを覚えている旨供述し、この供述と被告人高橋の前掲供述調書中の被告人森らに関する記載を対照すると、右被告人三名の間において少くとも「田園」内でその存在を意識していたことは明らかである。しかしてその相互の位置関係から、その所持する包装物の形状、包装等も相互に認識し得たものと認められる。前記のとおり、被告人らは、同一組織による計画的、個別的指示により行動していたもので、前掲機関紙「統一」紙上の論調、前掲証人武井定光、同田之畑知治の各証言によるプロ学同系組織の所属員の一一月一四日の行動、当初いわゆるデモ本隊が午後五時三〇分に日比谷公園で解散予定であつたこと、被告人三名はいずれも火炎びんを所持していたうえ、被告人高橋、同田渕がいずれも手袋を所持していたことなどに、被告人高橋が火炎びんを所持するに至つた経緯、同被告人が一一月一四日当日の自己の行動・目的について述べた前掲供述調書の記載をあわせて考えると、右被告人三名は、前認定のとおり、プロ学同の戦闘部隊を形成する者と結合した後、これと共同して警察官の身体等に危害を加える目的を有して集合したものと認めることができる。

2  被告人秋田、同妹尾の場合

次に、被告人秋田、同妹尾についてみるに、前掲の各証拠によれば、被告人森、同田渕、同高橋の三名が午後五時三二分過ぎころ警察車両ないし丸の内警察署に同行した後である午後五時四〇分ころから午後五時五〇分ころまで、被告人秋田が前記喫茶店「田園」から一一メートル離れた喫茶店「プリンス」において火炎びんを所持しており、午後五時五二分ころ、被告人妹尾が右「田園」から二八メートル離れた喫茶店「ルミエール」先路上で火炎びんを所持していたことは明らかである。しかし、右被告人両名が右の場所に到達した経緯も前認定のとおり電話等による個別的指示により、別個の行動の結果と認められ、全日通労働会館における五十嵐の指示説明も前記の程度のもので、集合場所、日時の指定はなく、同所で被告人秋田、同妹尾について共謀共同正犯における共謀の成立を認めることはできず、被告人秋田、同妹尾の前記時間的、位置的関係からみて、右両名の間の集合あるいは被告人高橋らとの集合のいずれも認めることができない。なお、証人平野三男(第一二回公判)の証言中に、被告人妹尾は、被告人森らが「田園」内で職務質問を受けているころ、「田園」前で一たん立ち止まつてから「プリンス」へ入り、その後同店を出て「ルミエール」先角を曲がつて行つた旨の供述があるが、右供述によつて、被告人高橋ら三名あるいは被告人秋田との集合を認めることはできない。

結局被告人秋田、同妹尾に関しては公訴事実につき犯罪の証明がないことに帰する。

三  職務質問、任意同行と所持品検査

昭和四六年一一月一四日の状況について、警視庁においては、事前の各派の機関紙の分析、警備会議による情報の入手等により、中核派が渋谷で暴動を起こし、プロ学同を含む反中核派が有楽町、銀座地区で火炎びんによるいわゆるゲリラ的過激行動を起こす可能性が高いとみており、最高警備本部でも有楽町周辺に別働隊が火炎びんを持つて来てデモ本隊と呼応して火炎びん闘争を行なう可能性があると予測して、築地、丸の内警察署管内を中心として機動隊、火炎びん攻撃に対処するため消火器を携帯した所轄署編成の制服部隊及び私服部隊を配置するなどして警戒していたが、同日午後から渋谷周辺で火炎びん攻撃が始まり、午後三時過ぎには警察官が火炎びんで重傷を負う事態も発生し、有楽町、日比谷付近でも情況の変化に応じて警察部隊の移動を行なうなどしているうちに、午後四時四〇分ないし四五分ころ、学生らが有楽町二丁目周辺の喫茶店に火炎びんを持つて集結しているらしいとの情報が入り、同地区担当の植竹警視は松岡警部を通じて、有楽町二丁目周辺の喫茶店の検索に当るよう指令を出し、他方、喫茶店「田園」の支配人は、警察官から過激派の学生らが有楽町周辺の喫茶店を溜り場にするおそれがあると聞いていたため、客席における被告人森らの挙動に不審を抱いて警察官に通報した。前記松岡警部の指示を受けた警察官は午後五時二〇分ころ「田園」に臨場して、火炎びんを隠匿所持できるような携帯品を持つていた被告人森らに職務質問を開始した。右職務質問に対し、被告人森は「友達への贈り物にする化粧品」、被告人田渕は「菓子」、被告人高橋は「瀬戸物の置物とケーキ」とそれぞれ答えたが、包装物の形状、重量感、被告人らの応答態度等から更に質問を続ける必要を感じた警察官は、同所が営業中の喫茶店の店舗内であることから、最寄りの警察官派出所、警察署で質問しようと被告人らに同行を求め、被告人森、同田渕は「田園」から約五〇メートル離れた停車中の警察車両(輸送車)に、被告人高橋は丸の内警察署に同行した。その際、警察官が被告人らの腕ないし腰に手を触れ、その両脇ないし前後に立つて同行し、被告人らの所持していた包装物は、同行の警察官が携帯して行つた。そして、右の警察車両内と丸の内警察署において、警察官は被告人らに所持品の開示を求めたが、いずれも自ら開示しないため、警察官において開披してもよいかと申し向けたところ、最終的には積極的反対の意思表示がなかつたので、警察官が包装を解いて内容物を検査し、新聞紙にくるんだ火炎びんを発見し、結局被告人ら三名は兇器準備集合罪の現行犯人として逮捕されるに至つた。前掲証拠を総合すれば、以上の事実関係を認めることができる。

警察官が、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者に対して、警察官職務執行法二条の職務質問をし附近の警察署等に同行する際において、警察官のする職務質問、同行の態様および許される限度は、犯罪の防止という警察官の職責遂行と私生活における自由侵害との調整の観点から決定すべきことであり、具体的個別的な情況を総合的に考慮して判断するほかない。特にその防止すべき犯罪の容疑の濃淡、犯罪の性質殊に危険性、切迫性の如何によつても異つてきて、結局は法秩序全体の精神に反せず社会的にも妥当性が肯定されるかどうかにかかつているということができる。本件について考えるに、当時は火炎びんによる過激な闘争が行われており、これに使用される火炎びんが普通の携帯品に偽装して運ばれる例があり、火炎びん闘争によつて現実に人の身体財産に害を生じていること、前記のような、当日の有楽町周辺における火炎びん闘争の可能性に関する具体的情報、被告人らの所持品の種類・形状、被告人らの服装、年令、挙動、答弁内容および火炎びんの兇器としての危険性、緊急性に照らすと、職務質問に付随する行為として、所持品に外部から触れ、これを持ち上げてみる程度のことは許容され、その結果内容物が火炎びんであるとの疑いが濃くなれば、同行に際し、警察官がこれを携帯することも許されるし(なお、前記同行の態様は、同行を求める言語的動作に付随するものと評価できる程度であつて、未だ被告人らの身体を拘束して連行したとまではいえない。)、更に、本件包装物のように開披しても原状回復が比較的容易であるとか、開披によつてその物の本質的効用が害されないと予想される場合には、警察官が自ら所持品を開披することも、職務質問に付随する実力的措置として許されるものということができる。被告人らに対する警察官の措置に違法は存在しないというべきである。

(その他の弁護人の主張について)

弁護人は捜査手続の重大な違法並びに公訴権の濫用を理由として公訴棄却を主張するが、前述の事情及び本件犯行の罪質態様に照らしていずれも理由がない。

また、弁護人らは、兇器準備集合罪を規定した刑法二〇八条の二は処罰理由に合理性がなく、構成要件の概念が不明確であるから憲法三一条、二一条に違反し無効であると主張するが、右は最高裁昭和四五年一二月三日第一小法廷決定、刑集二四巻一三号一七〇七頁の趣旨に照らして理由がない。

(法令の適用)

被告人森、同高橋、同田渕の判示所為はいずれも刑法二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により軽い行為時法である昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法に従う。)に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人森、同田渕を懲役一年に、被告人高橋を懲役一〇月に処し、被告人森に対し刑法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、被告人森、同高橋、同田渕に対し情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間いずれも右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文四項のとおり右被告人三名に負担させることとする。

被告人秋田、同妹尾に対する各公訴事実の要旨は、被告人は、多数の学生・労働者らとともに、昭和四六年一一月一四日午後五時二〇分ころから午後五時五二分ころまでの間、東京都千代田区有楽町二丁目九番地喫茶店「田園」内および同店付近において、警備中の警察官、警察施設等に対し共同して害を加える目的をもつて、多数の火炎びんを所持して集合し、もつて他人の身体・財産に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合したものであるというのであるが、前記のとおり、犯罪の証明がないので、刑事訴訟法三三六条により、被告人両名に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 桑田連平 西村尤克 前原捷一郎)

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